発達障害またはその疑いのあるの子どもを持つ親御さんは、考え方をいくら良いように変えたとしても生きづらいと感じることはあるでしょう。
しかし、それと同じように、子ども自身も生きづらいと感じているものです。
この記事では発達障害を持つ子ども自身も、生きづらさを感じているということを知ってもらえたらいいなと思って書いています。
「そんなことわかってるよ!」という方も、よろしければ一度目を通していただければと思います。
この記事の目次
当サイトの他の記事でも触れていますが、発達障害とは簡単に言えば「とても強い個性」のこと。
今は個性の時代だとは言われてきているものの、強い個性・強いこだわりは他の人に共感され、認められるまでに時間がかかるものだと思います。
この場合の「他の人」というのは、もちろん親御さん自身も含みます。
我が子が発達障害だと最初からわかっている人はいないでしょうし、例えば周りとのやりとりや病院の診断などでハッキリわかってからも、頭では理解できても対応に困ることは多かったと思います。
例えば子どもが友達とのやり取りの中、何かの拍子にカッとなって叩いてしまったとします。
この行動一つで【乱暴な子ども・癇癪持ちの子ども】のような目で見られることになってくるかもしれません。
また他のシーンでは、例えば順番を守れず割り込んだり、ひどいワガママを言ってしまう場合もあるでしょう。
こうした行動が続くことで、【ワガママな子ども】という目で見られるかもしれません。
それらはやがて、【この子は病気(症状)がある】という扱いになるかもしれませんよね。
これらの例に挙げた行動は、確かに「一般的には」しない方がいい行動です。
ただ発達障害の子どもにとって、脳の命令を正しく処理した結果なだけなのです。
見方を変えると、実は「脳の指令をきちんと守っているいい子」なんですね。
こうした強い個性は、発達障害を持つ子どもの特性ということになります。
これをいかに理解してあげられるかが大切な考え方です。
発達障害の人が持つこうした特性は、いかにして早めに周囲の人たちに理解してもらえるかがポイントとなってきます。
周囲の理解が深まり、「まあ、そういうこともあるよね」と多くの人が思ってくれるほど、この強い個性が目立たなくなってきます。
反対に全く理解されない集団にいると、脳の特性が誤解され、目立ってしまいます。
親御さんとしてはこの特性をできるだけ目立たないようにしたい、できれば消えてしまって周りの人と同じようになってほしいと考えるかもしれません。
しかし残念ながら、発達障害の特性は大人になっても消えないのです。
となると、一生隠し続けることは不可能に近いことだと言えますよね。
子ども自身の特性を隠し続けることで、その子どもの中に劣等感が生まれ、大きくなってきます。
自信を失うことになり、自己肯定感も下がってくるでしょう。
こうしたことが生きづらさに繋がってゆくのです。
社会生活を送るには他者とのコミュニケーションが絶対必要になります。
これは多くの人が一定のルールに従い、同じような行動や考え方をすることで成り立っています。
発達障害を持つ人は強烈な個性があるゆえ、それができないのです。
周囲の人とのコミュニケーションが苦手で人間関係を作りづらく、孤立しやすくなってしまいます。
もしかしたら「1人でも平気だ」と言う人もいるかもしれませんが、そう言っている人の中には仕方なく1人でいるだけの人もいるかもしれません。
これも本人だけが感じている生きづらさの1つと言えるでしょう。
この記事では発達障害を持つ子ども自身が感じるであろう生きづらさについて少し触れてみました。
発達「障害」という言葉の響きが重たく感じさせているかもしれません。
普通と発達障害の間には明確な線引きはなく、受け止め方による印象の差であることが多いです。
発達障害と診断されない普通の子にも発達障害のような個性があるし、反対に発達障害と診断された子にもそうでない子のような部分もあるものです。
なぜなら、強い個性の延長上にあるのが発達障害だからです。
そういう意味では「障害」という言葉の意味を考え直す必要もあるかもしれませんね。
発達障害を持つ子どもは他の子どもと同じようにできない面が注目されやすいですが、実は他の子どもよりできる面もたくさんあります。
得手不得手がはっきりしている分、そうした特定の分野の才能に注目してあげやすいかも。
周囲の人も、そして本人自身もそうした才能や特徴に気づけるような配慮や支援をたくさんしてあげられれば、生きづらさの解消につながっていくと思います。
子どもの特性を理解してあげられるよう、少しでも取り組んでいけるようにしていきましょう!